アルコール除菌したらリベラルに、しなかったら保守派に?:ヒトの政治的立場はどのように変化するか

(2018/4/10 記事の最後に補足の説明を追記しました。)

 

先日、非常に面白い記事を読みましたので簡単にご紹介します。

www.washingtonpost.com

この記事によると、これまでは「人は身の危険を感じると政治的に保守になる」ということが分かっていたそうなんですが*1、今回は逆に「人は安全だと感じると政治的にリベラルになる」ということが実験で再現できたそうです。

 

 

 

 さっそく本題に入りましょう。

「人は安全だと感じると政治的にリベラルになる」という結果を示す研究事例は3つ。

   研究事例1

まずは最新の研究から。この研究は「妖精のイメージ」を用いたもの。調査はオンラインで行われ、対象は300人のアメリカ国民。調査では政治的な問題・社会変化についての意見を聞く。ここではあらかじめ被験者が民主党共和党支持者かを把握してある。要は誰がどのように答えるのかを見たいわけです。

 

ただし具体的な質問をする前に被験者には目を閉じてもらい、あることを思い浮かべてもらう。それが「妖精のイメージ」。妖精が自分の所へ来て、ある特殊能力を与えてくれる。

 

ここで2つのグループに分けて、一方のグループは「自分で自由に空を飛べる力」を授かる。そして、もう一方のグループは「どんな危害が加えられても大丈夫な不死身の体」を得る。…ということをイメージしてもらう。そのあとで被験者は質問に回答する。

 

さて、この2つのグループでは政治的な意見、社会変化に対する意見はどうなったでしょう?

 

まず「空を飛べる力」グループでは共和党=保守、民主党=リベラルのように政治的な意見は、通常のアメリカの世論を反映するように分かれた。また保守的な立場の人ほど社会変化に対する否定的な意見が見られた。そう、これも通常の保守の考え方に沿うものです。

 

では「不死身の体」グループではどうだったか。こちらは共和党支持者が、政治的な意見でまさかのリベラル寄りの回答をするという結果に。また、同じく共和党支持者の社会変化に対する見方も、民主党支持者と同様に、寛容的な意見になったという結果に。

 

この研究では保守派の人を簡単なイメージでリベラルさせる事に成功したわけです。

 

   研究事例2

そして次の実験は2011年に行われたもので、こちらは「インフルエンザに対する恐怖心」を用いた実験。まず被験者に対しインフルエンザに対する恐怖心を植えつける。そしてそれぞれの人に「移民」についての立場を聞く。そして「今年インフルエンザワクチンを打ったかどうか」を質問して確認する。

 

すると、インフルエンザワクチンを「打った人」は移民に対して寛容な立場、「打ってない人」は移民に対して否定的な立場をとるという結果に。

つまりこの研究でも、「自分の身体は安全である」というイメージが人の政治的な立場をリベラル寄りにさせることになったわけです。

 

   研究事例3

そして最後に紹介されている実験は、上と同じインフルエンザのイメージを用いて移民について質問したもの。今度は「手をアルコール除菌した」グループと「アルコール除菌していない」グループに分ける。するとどうでしょう。もう傾向見えて来ましたね。

「手をアルコール除菌した」グループでは移民に寛容な立場、「アルコール除菌していない」グループでは移民に対し否定的な立場、という結果になったそうです。

 

いずれの研究でも「身の安全が確保されていると感じるとリベラル寄りになる」ということが示されたわけです。

 

さて、いかがでしたでしょうか。もちろんこの結果がすべて正しいとも言い切れないわけですが。とはいえ、私たちが自身の価値観や自らの考えに基づいて政治的な判断を下しているというのは半分正しくて、半分は誤っているかもしれない。私たちの政治的選好というのはもっと本能的な部分で決まってしまうかもしれないのです。

 

ちなみに「保守派の政治家が人々の恐怖に訴えて支持を獲得するという」のは割と理にかなっているわけですが、これがリベラルの政治家になった場合どうでしょう。「人々に身の安全を感じさせる」ということができれば有権者はリベラルになびくということなんですが。これは難しそうですね。こう見てくると世界的に保守派のポピュリストが台頭していることも頷けるかもしれませんね。

 

(2018/4/10 追記)

妖精のイメージの研究論文を調べたところ、「人は安全だと感じると政治的にリベラルになる」というのは「保守派の人が、安全を感じると"社会秩序に変革がもたらされること"に寛容になる」という事で「経済格差」については容認のままということでした。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/ejsp.2315?referrer_access_token=i3QIKKi53nApzJwqlXmLhE4keas67K9QMdWULTWMo8NHkhMCVCLI9a5Mdn3mvwcwjnMuVD8RcNkOzGMBlhjM43uVLWF3ybK9QGpBzDsqdredSNdVtjdJDPvPNwojvIvs

 

以下の4つが政治的立場の変化を測るために使われた質問です。

社会的保守:

①社会秩序が大きく変革する事に消極的か

②たとえ現代社会に問題があっても今の安定維持を望むか

経済的保守:

③特定のグループに機会が遍在する事を容認するか

④機会はどのグループにも公平に与えられるようにすべきか

 

このうち「妖精に不死身の能力を授かり、安全だと感じた保守派」がリベラル方向に転じたのは「社会的変革をどう捉えるか」という主旨の①②の質問のみで、経済的な質問③④では「格差を容認する」態度のままということでした。

 

つまりこの研究におけるリベラル・保守とは、

「社会の変革を進める進歩的な立場」がリベラル

「リスクを嫌

い社会の変革に消極的な立場」が保守

という事が言えるのではないでしょうか。

 

 

 

(4月16日追記)

つまり今回の実験で示された保守・リベラルの関係は以下の図の縦軸「社会の変化に積極的・消極的か」という部分ということになると思います。

 f:id:monsieuryoshio:20180416122708p:plain

(追記終わり)

 

*1:ちなみに私のブログでも紹介させていただきましたが、保守派の人ほど脳の扁桃体が大きいというのは研究で分かっています(右翼と左翼(保守とリベラル)は脳の構造に違いがある - 「脳に刻まれたモラルの起源 - 人はなぜ善を求めるのか」金井良太著 - コードレス日記)。この扁桃体というのはヒトの恐怖心を司る部分です。また生物学的に言えば捕食者に襲われた時に反応する部分がこの扁桃体という部分です。そしてこの大きさが保守派か否かということに大変深い関係があるんですね。(さらにその扁桃体についてはこんな記事もあります→扁桃体の損傷により「恐怖」を感じることができない女性 - GIGAZINE)さて、ここでなぜ恐怖心が保守的な思想に影響するかと言えば、自己防衛本能によるものでしょう。命を守るためにリスクは回避したい、また外敵に対峙するため自己の攻撃能力を高めないといけない。だから身の危険を感じると政治的に保守的な態度をとってしまう。そう考えると、保守派の政治家が外国の恐怖を煽って支持獲得に走るというのは非常に理にかなった行動なわけです。

【読書メモ】価値観は違えど保守とリベラルは社会の両輪である - 「脳に刻まれたモラルの起源 - 人はなぜ善を求めるのか」金井良太著

(2018/4/2 追記)

本エントリをエゴサーチしたところ、SNSや掲示板での党派対立の文脈において、煽り目的としてこの記事が使われていたのでタイトルを変更しました。

「脳の構造に違いがあるから所詮我々は分かり合えない」と相手への尊敬もなく対話を放棄し分断を加速させる方向にこの記事が使われることは本意ではありません。

また実際には、脳の構造に違いがある傾向にある、というところを「脳の構造に違いがある」と断定的な形でタイトルに使用した点、私にも責任はあるでしょう。その点反省し、今後の記事執筆に活かしていきたいと思います。

 

以前のタイトル「右翼と左翼(保守とリベラル)は脳の構造に違いがある - 「脳に刻まれたモラルの起源 - 人はなぜ善を求めるのか」金井良太著」

(追記終わり)

 

「脳に刻まれたモラルの起源  ―  人はなぜ善を求めるのか」金井良太著 

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国民投票で最低投票率が設けられていないのはなぜか?

憲法改正の動き

今年5月、安倍首相の憲法改正発言が話題になった。以後、メディアでの憲法論議護憲派改憲派ともに若干の盛り上がりを見せたように思う。

 

しかし憲法論議が盛り上がりを見せる一方で、憲法改正に伴う国民投票それ自体について扱われることは少ない。当然まだ議論が煮詰まっていない段階なので、現実味が薄いからだろう。

 

ただ、いずれ訪れるかもしれない国民投票という一大イベントについて、そのプロセスを知り身構えておくことも必要だ。そこで国民投票に関して調べていくうちに、あることが気になった。国民投票法によると、憲法改正における国民投票では最低投票率が設けられていない、ということだ。

 

国政で最も重要な憲法改正で、最低投票率が規定されていないのは、民意が反映されるということになるだろうか、という疑念が生じる。実際、自治体の住民投票では最低投票率が設定されているところもあるし、韓国やロシアなど憲法改正国民投票での最低投票率を規定している国もある。では、なぜ日本では最低投票率が設けられていないのだろうか。

 

この疑問に答える前に、まずは憲法改正に伴う国民投票について重要な点を簡単にまとめておきたい。

 

発議の順序

最初に学校で習った事のおさらいになるが、憲法改正の手続きは大まかに以下のような流れで行われる。

①衆参各議院に設置された憲法審査会で審査

②国会で発議

 ↓ 衆・参の両院でそれぞれ3分2以上の賛成の場合

国民投票(国会の発議から60日以後180日以内)

 ↓ 賛成が過半数の場合

 憲法改正

(参考→総務省|制度のポイント

 

ちなみに憲法審査会での会議日誌・会議資料は以下の憲法審査会ページで見ることができる。

審査会の経過|参議院憲法審査会

会議日誌・会議資料 - 衆議院憲法審査会

 

個別発議の原則

個別発議の原則とは、憲法改正案それ自体を一括で是非を問うのではなく、個別案件ごとに賛成反対を問う原則だ。たとえばすでに改正案としては、自民党による日本国憲法改正案(2012年)読売新聞による憲法改正試案などがある*1。しかし、仮にこれらの案が国会に発議されたとしても、一括で是非を問うのではなく個別の内容ごとに発議される。

 

ただし、より細かく条文ごとに賛成反対を問うわけでもない。条文ごとに問いた場合、条文それぞれで通る・通らないということが発生し、相互に矛盾を抱えて、法理・憲法体系が崩れてしまいかねないためだ。

 

つまり憲法改正の発議は、改正案全体の一括でもなく、条文ごとでもなく、個別の案件ごとに相互に矛盾をきたさない範囲で行われる。ただ、この個別発議の範囲に関しては、どの項目の条文をいじるかによって線引きが曖昧で、難しい判断になると見られている。

 

(参考→イヤでもわかる!国民投票法案) 

 

最低投票率制度が設けられていないのはなぜか?

 いよいよ本題に入る。なぜ憲法改正という国の根幹にかかわる国民投票最低投票率が規定されていないのか。最低投票率というのは、投票率が一定を超えないと国民投票が無効になるという制度だ。

 

国民投票最低投票率が設けられていないとなると、理論的には賛成1票、反対0票でも改正案が通ってしまうことになる。これは極端な例にしても、やはり一定の有権者の投票がなければ民主的な合意を得たとは言いにくい。

 

ではなぜ最低投票率制度がないのか。それは最低投票率を設けた時に、

①  ボイコットが発生する

②「民意のパラドックス」が発生する

という2点の可能性があるからだ*2

 

①ボイコット

国民投票が不成立になる条件は、反対票で上回るか、最低投票率を下回ればよい。よって仮に反対派が優勢でなくても投票を集団でボイコットすることで投票結果を無効にできる可能性がある。実際に1990年にイタリアで行われた国民投票では、反対派がボイコットする事態が生じた。

 

②「民意のパラドックス

「民意のパラドックス」とは、成立・不成立のときを比べた時に賛成数・反対数が逆転する現象のことだ。では具体的にどういう場合が想定されるか。

賛成票における民意のパラドックスは、例えば次のような例が考えられる。

最低投票率から計算した最低投票人数を仮に10人とする。

仮に賛成9票・反対0票だった場合、国民投票は不成立になる。

一方で賛成6票・反対5票だった場合、国民投票は成立し、賛成多数で可決される。

 この2つの場合を考えた時、賛成者数については成立した時より不成立になった時の方が多い。この票数の逆転現象が民意のパラドックスである。

 

一方で反対票における民意のパラドックスは、次のような例が考えられる。

最低投票率から計算した最低投票人数を仮に10人とする。

ここで9人が賛成票を投じた場合を考える。

このままだと賛成9票・反対0票となり、国民投票は不成立になる。

ここで反対票を投じる人が1人現れたとする。

この反対票が加わることで投票総数が10人になり国民投票は成立する。

Is there a turnout threshold in the UK's referendum on the EU? - Quora

この場合、最後に加えられた反対票は賛成での成立に加担してしまうことになる。これは意図に反する結果だ。

すると反対したい人は投票率の予想をもとに、2つの戦略を考えなければならないことになる。

投票総数が最低投票率に達すると予想される場合は、当然反対票を投じなけらばならない。逆に投票総数が最低投票率に達しないと予想される場合は、たとえ賛成票が上回っていても国民投票は成立しないのでボイコットすることがベストな戦略となる。

このように投票に際して複雑な戦略を要するのであれば、最低投票率を設けることは投票システムとしてふさわしくないといえるだろう。

 

 

(参考→投票率 - WikipediaNegative vote weight - WikipediaIs there a turnout threshold in the UK's referendum on the EU? - Quora) 

  

以上が最低投票率が設けられていない主な理由となる。

一方で最低投票率制度を求める議論もあるので、詳しくはこちらを参照してほしい。→憲法改正国民投票における最低投票率 - 参議院

 

 

 

 

*1:日本国憲法改正案一覧 - Wikipedia

*2:その他、最低投票率の具体的な数値設定の難しさや憲法との整合性などの議論がある。