【読書メモ】価値観は違えど保守とリベラルは社会の両輪である - 「脳に刻まれたモラルの起源 - 人はなぜ善を求めるのか」金井良太著

(2018/4/2 追記)

本エントリをエゴサーチしたところ、SNSや掲示板での党派対立の文脈において、煽り目的としてこの記事が使われていたのでタイトルを変更しました。

「脳の構造に違いがあるから所詮我々は分かり合えない」と相手への尊敬もなく対話を放棄し分断を加速させる方向にこの記事が使われることは本意ではありません。

また実際には、脳の構造に違いがある傾向にある、というところを「脳の構造に違いがある」と断定的な形でタイトルに使用した点、私にも責任はあるでしょう。その点反省し、今後の記事執筆に活かしていきたいと思います。

 

以前のタイトル「右翼と左翼(保守とリベラル)は脳の構造に違いがある - 「脳に刻まれたモラルの起源 - 人はなぜ善を求めるのか」金井良太著」

(追記終わり)

 

「脳に刻まれたモラルの起源  ―  人はなぜ善を求めるのか」金井良太著 

脳に刻まれたモラルの起源――人はなぜ善を求めるのか (岩波科学ライブラリー)

脳に刻まれたモラルの起源――人はなぜ善を求めるのか (岩波科学ライブラリー)

 

 

この本は、倫理・道徳・政治思想・信頼と共感など、これまで哲学や心理学など社会科学で扱われていたテーマを脳科学よって解明しようとする試みである。

 

全体の中でもっとも興味深かった点は、MRIを利用して脳の部位の大きさを測り、被験者の政治思想の違いが脳の構造と関係していることを明らかにしている点だ。

 

5つの道徳感情と 政治思想

第2章と第3章にわたって政治的信条と脳の構造についての関係に触れている。まず「5つの道徳感情の要素(モラルファラデーション)が人間の倫理観・政治思想を構成している」という社会心理学者ジョナサン・ハイトの分析を紹介*1。5つの道徳感情は以下の通り。

 

傷つけないこと・・・他人に苦痛を感じさせたくないという気持ち。思いやりや共感。

公平性・・・・・・・人は公平に扱われるべきで、不平等はよくないという考え。男女・職業・民族などによる差別を許さないという態度に表れるもの。

 * * *

内集団への忠誠・・・自分の属する集団における義務を全うすることを大切に思う気持ち。内集団でのルールを破る裏切り者には処罰を求めるという態度。愛国心や家族愛もこの中に含まれる。

権威への敬意・・・・社会的秩序のために、上下関係などが尊重されるべきだという道徳感情。この道徳感情が強い人は、社会的無秩序を嫌う傾向がある。

神聖さ・純粋さ・・・肉体的にも精神的にも純潔を求める感情。

 

これら5つの道徳感情をどれだけ強く持っているかによって、その人の倫理基準を測ることができる*2。(ちなみに本の最後には、このモラルファラデーションを測定するための質問が設けられており自分の倫理基準を測ることが可能。)

 

さらにこれらの倫理基盤は大きく2つに分類することができ、

①「傷つけないこと」と②「公平性」は「個人の尊厳」に重きを置く規範

③「内集団への忠誠」④「権威への敬意」⑤「神聖さ・純粋さ」の3つの倫理基盤は「社会の秩序」に重点を置く規範*3

として分類される。

 

アメリカ人約2万人を調査した結果では、リベラルな人ほど①と②の「個人の尊厳」のスコアが高く、これに対し保守的な人はリベラルに比べ、③④⑤の「社会の秩序」でスコアが高くなるという*4

 

 政治思想と脳の構造

そして5つの倫理基準のスコアと脳のMRI画像の関係性を調べた研究では、「社会の秩序」のスコアと「前頭葉の下部にある梁下回」と「島皮質前部」の大きさに相関関係が見られた。つまり「社会の秩序」を重要視する人ほどこれらの部分が大きい。

一方で「背内側前頭前野」が大きいほど、また「楔前部」が小さいほど「個人の尊厳」のスコアが高くなることも判明した。

 

また「伝統を維持し社会の変化を嫌う立場」を「保守」、「社会の変化を推進する立場」を「リベラル」として定義した場合の研究では、脳の3つの部位が個人の政治的信条と関わっており、

・リベラルな人ほど「前部帯状回」が大きい、

・保守的な人ほど右の「扁桃体」が大きい

・保守的な人ほど「島皮質全部」が大きい

という相関関係を明らかにしている。 

このように右翼と左翼(保守とリベラル)では脳の構造に違いがある。

 

では政治思想の違いは先天的に決まっていると言えるのか。

本書ではさらに、「3歳時点の性格から、20年後の政治的成功が予測できる」という研究を紹介。筆者は遺伝子レベルで決まっている可能性もあるのではないかと述べる。一方で、アメリカの911テロ後に社会全体が保守化したことを引き合いに、個人の政治思想が一生固定されるわけではなく、社会的要因によっても変化することにも触れている。(本書では触れられていないが、脳の構造が変化していくという可能性も考えられるだろう。)

 

共感能力と脳の構造

第4章では「信頼」と「共感」に関する分析がなされているが、その中でも特に共感能力と政治思想の関係性についての分析が興味深い。

ここでは「共感」を視点取得、共感的配慮、空想、個人的苦悩という4つの要素に分類している。

視点取得・・・状況から他人の気持ちを想像することができるか

② 共感的配慮・・他人の苦悩を「かわいそうだ」と思い、自分のことのように同情・同感すること

③ 空想・・・・・映画や小説などで登場人物に自分を重ねてみる傾向

④ 個人的苦悩・・他者の苦悩に対して、その苦悩が自分に降りかかったら恐ろしいと感じる傾向

 

これらは①を「認知的共感」、②③④を「感情的共感」と分類することができる。4つの共感力の要素を測るテストでは「認知的共感」には男女差はないが「感情的共感」は女性の方が高い傾向が見られるという。

 

そして、4つの共感能力の要素と脳のMRI画像の関係性を調べた研究によると、①視点取得と②共感的配慮のスコアは両者とも「楔前部」と「前部帯状回」の大きさと相関関係があるという。

先に触れたように「楔前部」は「個人の尊厳」のスコアと、「前部帯状回」はリベラルな政治思想と関係があるとされた場所である。

 

つまりこの結果からはリベラルな人ほど共感能力があるということになる。

これについて筆者は以下のように導いている。

「他者の視点からものを感じたり考えたりすることが得意な人は、習慣的に他人の気持ちを想像できるようになるだろう。そして、そのような習慣を持つことが社会に公平を求める心情へとつながっていくのかもしれない。」

 

さらに④個人的苦悩のスコアは「島皮質前部」の大きさと相関しているという。「島皮質前部」は倫理基盤の「社会への秩序」のスコア、保守的な政治思想と関係している場所である。つまり保守的な人は他人の苦悩を見た際には、その苦悩が自分に降りかかることを恐れる傾向にあるということだ。

 

以上のことから、共感能力と政治思想の関係については、他人の苦悩を自分のことのように考え同情するのがリベラルで、他人の苦悩を見て「自分に降りかかるのは嫌だ」 という気持ちが先行するのが保守ということになる。

 

違いは何を意味するか?

保守とリベラルの間には、脳の構造という生物学的な違いがある。この事実をわれわれはどのように受け止めるべきだろうか。違いは対立を生み、対立は社会の分断を生みかねない。

筆者は序盤でこう書いている。

人類が誕生し集団生活を行うなかで、倫理観を持つ集団が生存に有利であったがために、倫理観を持つ脳が自然選択によって選ばれてきた。

つまり我々人間の倫理感や道徳感情は人類の進化の過程で築き上げられたものであり、人間が集団で生き抜くためには必要不可欠なものだったのだ。それはどの倫理基盤も人間社会にとって重要な役割を果たしてきたということを意味する。

社会の存続のためには「個人の尊厳」を大切にする視点、「社会の秩序」に重きを置く視点、リベラル・保守、どれひとつ欠くことはできないのだ。政治思想の違いを、対立や分断を煽ることにつなげるのではなく、社会を動かす両輪として捉えることが今一度必要ではないだろうか。

 

***

 

本書は他にも「不平等を自由競争の結果と考える傾向にある保守派は、常に一定の幸福度を示すのに対し、不平等を許容できない傾向にあるリベラル派は、経済格差が拡大するにつれ幸福度が低くなる」といったことを明らかにしたり、信頼を高めるホルモン・オキトキシン、評判を気にする脳、交友関係と幸福度の関係などを扱っており、非常に興味深い内容となっている。

 

*1:参照:ジョナサン・ハイト リベラル派と保守派のモラルの根源を語る | TED Talk

*2:彼の著書では6つ目に「自由/抑圧」という新たな道徳感情を加えた分析もしている。ジョナサン・ハイト著「社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学」

*3:もしくは「義務などへの拘束」

*4:この他にリバタリアン、宗教左派の分析も比較している。